中央労働学園(読み)ちゅうおうろうどうがくえん

世界大百科事典(旧版)内の中央労働学園の言及

【協調会】より

…第2次大戦後は,民主的産業平和の実現を目的に掲げ,労働運動関係者を理事に加えて活動を続けたが,戦争協力を理由にGHQから解散を勧告され,46年7月にその活動を終えた。解散後も同会が設立した教育機関である中央労働学園は50年まで存続した。また同会が調査・収集した膨大な資料と同会が発行した研究誌《社会政策時報》(1920年9月~46年7月)は,戦前の社会運動・社会行政研究の遺産となっている。…

※「中央労働学園」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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