中島橿園(読み)なかじまかしぞの

世界大百科事典(旧版)内の中島橿園の言及

【中島広足】より

…江戸末期の国学者,歌人。橿園(かしぞの∥きようえん)と号した。熊本の細川家家臣の子として生まれ,国学は長瀬真幸(まさき),歌は江戸派の一柳千古に学んだ。長く長崎に住んだが,晩年は熊本に戻り藩の国学師範をつとめた。家集に《橿園集》《志能数多礼(しのすだれ)》があるが,中に,当時の長崎をうたった長歌〈詠紅毛舶入貢歌〉といった珍しい作もある。著作には《橿園随筆》ほか,語学,考証,注釈,日記等にわたる多数がある。…

※「中島橿園」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む