中条時家(読み)ちゅうじょうときいえ

世界大百科事典(旧版)内の中条時家の言及

【中条氏】より

…武蔵国中条保(埼玉県北部)を本領とする中世武家。武蔵七党横山党の流れをくみ中条保を領した義勝房法橋成尋(異称中条法印)の子家長が,下野国の雄族八田知家の養子となり,藤原姓中条氏の祖となった。家長は源範頼・義経の平氏追討軍にも名を連ねているが,その活躍はむしろ平時の政務において知られる。1225年(嘉禄1)創設された評定衆の一員として36年(嘉禎2)没するまでその任にあったほか,幕府の指令を伝達する特使としてたびたび上洛。…

※「中条時家」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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