《主権原論》(読み)しゅけんげんろん

世界大百科事典(旧版)内の《主権原論》の言及

【陸羯南】より

…《青森新聞》,紋別製糖所に勤めた後,81年に上京,83年太政官文書局に入り,内閣制創設とともに内閣官報局編輯課長となる。この前後,井上毅らの知遇を得,フランスの反革命主義者J.M.deメーストルの書物を《主権原論》の題で翻訳出版する。88年政府の条約改正と欧化政策に反対して辞職,谷干城らの援助を受けて4月より《東京電報》を発刊し,同月創刊の政教社の雑誌《日本人》の〈国粋主義〉に呼応して,〈国民主義〉を唱える。…

※「《主権原論》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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