朝日日本歴史人物事典 「久松定昭」の解説
久松定昭
生年:弘化2.11.9(1845.12.7)
幕末の伊予松山藩(愛媛県)藩主。慶応3(1867)年9月藩主の座に就き,直ちに老中に就任するが10月に辞職。翌年1月,鳥羽・伏見の戦に藩兵を率いて旧幕府側に参軍。同10日,朝敵とされ官位を剥奪されたが,のち許されて松山藩知事を勤めた。28歳で没。
(井上勲)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報
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