松平定昭(読み)まつだいら さだあき

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「松平定昭」の解説

松平定昭 まつだいら-さだあき

1845-1872 幕末-明治時代の大名
弘化(こうか)2年11月9日生まれ。伊勢(いせ)津藩主藤堂高猷(たかゆき)の4男。養父松平勝成(かつしげ)の隠居で,慶応3年伊予(いよ)松山藩主松平(久松)家14代。3日後老中に就任鳥羽伏見戦いで朝敵とされ追討をうけたが,恭順謹慎をしめして隠居。明治4年ふたたび家督をついで松山藩知事となる。明治5年7月19日死去。28歳。通称は錬五郎。号は漢台,五松。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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