亀井喜一郎(読み)かめいきいちろう

世界大百科事典(旧版)内の亀井喜一郎の言及

【亀井勝一郎】より

…評論家。北海道生れ。当時,父喜一郎は函館貯蓄銀行の支配人であった。1923年旧制山形高に入学,ドイツ語を通してゲーテ,ハイネの作品に親しみ,また,共産主義思想に関心を寄せる。26年東大に入学,中野重治らを知り新人会会員,共産青年同盟員として活躍,28年検挙投獄される。2年後出獄,日本プロレタリア作家同盟(ナルプ)に所属して評論家として再出発するが,同盟解散後,同人雑誌《現実》をへて,35年保田与重郎らと《日本浪曼(ろうまん)派》を創刊,転向以後の自我再生の道を模索する。…

※「亀井喜一郎」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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