亀山上皇(読み)かめやまじょうこう

百科事典マイペディア 「亀山上皇」の意味・わかりやすい解説

亀山上皇【かめやまじょうこう】

亀山天皇

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世界大百科事典(旧版)内の亀山上皇の言及

【八条院】より

…83年(弘安6)安嘉門院は死去,膨大な荘園は後堀河天皇の女室町院の手中に入ろうとした。しかし亀山上皇は関東に申し入れて八条院領の伝領承認を求め,幕府もこれを認めたので,この荘園群はすべて亀山の管領下に入り,大覚寺統の最大の経済的基盤となったのである。1302年(乾元1)亀山はいったんそのすべてを後宇多上皇に譲るが,05年(嘉元3)これを改め,庁分を後宇多に与えたのみで,他の御願寺領を後宇多の異母弟恒明親王に譲る。…

※「亀山上皇」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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