亀甲梁(読み)きっこうばり

世界大百科事典(旧版)内の亀甲梁の言及

【劇場】より

…1842,43年にそれぞれが新築開場し,吉原の遊里や浅草寺,また奥山に隣接した猿若町に芝居町が形成され,幕末の30年間にわたって殷賑(いんしん)をきわめる。歌舞伎大道具方の棟梁12世長谷川勘兵衛によって,安政期(1854‐60)に,それまで客席にあってじゃまであった柱を除く〈亀甲梁(きつこうばり)〉が工夫された。
[洋風構造の摂取]
 明治維新を迎えると,歌舞伎を拘束していた幕府の諸条例が次々に廃止されていく。…

※「亀甲梁」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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