二大甘露門(読み)にだいかんろもん

世界大百科事典(旧版)内の二大甘露門の言及

【高峰顕日】より

…応供広済仏国国師と追諡(ついし)された。彼の会下(えか)にはつねに門人が雲集し,筑前横岳(よこたけ)(福岡市)崇福寺の南浦紹明とともに,天下の二大甘露門といわれた。法嗣(はつす)には,夢窓疎石,天岸慧広(えこう),太平妙準など多数の俊傑が輩出し,鎌倉末期の関東禅林の主流を形成した。…

※「二大甘露門」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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