世界大百科事典(旧版)内の二所参詣道の言及
【箱根[町]】より
…箱根権現は,万巻(まんがん)上人によって奈良時代末から平安初期(《箱根山縁起》によれば757年)にかけて開かれたといい,石橋山敗戦の折に別当行実(ぎようじつ)が援助して以来,源頼朝の尊崇はあつく,当社に特別の保護を加えて,伊豆山権現(伊豆山神社)とともに〈二所権現〉と称し,鎌倉時代を通じて幕府は二所詣・二所奉幣を行った。この参詣に際してとられた道筋,すなわち箱根権現から芦川宿を経て鞍掛(くらかけ)山に登り,十国峠,岩戸山の尾根道を通り,伊豆山に至る道筋を二所参詣道と呼んでいる。この道から,鞍掛山の頂上で北東に分かれ大観山,坊山,白銀(しろがね)山,聖(ひじり)岳,石垣山を通って小田原に通じる道が,いわゆる〈関白道〉あるいは〈太閤道〉である。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」