《二東記》(読み)にとうき

世界大百科事典(旧版)内の《二東記》の言及

【藤原教通】より

…15歳で従三位に昇って以来,順調に累進して1021年(治安1)内大臣に昇り,さらに右大臣,左大臣に進み,68年(治暦4)兄頼通の譲により関白となったが,後三条親政のもとでは関白の権勢も振るわず,75年9月25日80歳をもって没した。世に大二条殿と称し,その日記は《二東記》とよばれて尊重された。【橋本 義彦】。…

※「《二東記》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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