五山学校(読み)ござんがっこう

世界大百科事典(旧版)内の五山学校の言及

【定州】より

…1812年の洪景来の反乱のときには農民軍が籠城し最大の激戦地となった。開国後キリスト教がいち早く定着したところとして知られ,朝鮮における近代教育の揺籃,五山学校(1907年,李昇薫が設立)があった。中心地の定州邑は平義線(平壌~新義州)の中間要駅で,亀城,朔州方面へ至る平北線(平壌~水豊発電所)の分岐点となっている。…

【李昇薫】より

…平安北道出身。若くして商人として成功したが,40歳をすぎて安昌浩の演説に感銘を受け民族運動への献身を決意,私財を投げうって1907年平安北道定州に五山学校を設立し,愛国啓蒙運動で活躍。11年百五人事件(寺内正毅総督暗殺陰謀の口実で新民会の会員を逮捕)で4年間服役後キリスト教に入信,教育と信仰による救国運動をめざした。…

※「五山学校」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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