五箇氏(読み)ごかうじ

世界大百科事典(旧版)内の五箇氏の言及

【愛洲氏】より

…南北朝~戦国期の伊勢の武家。愛曾氏,五箇所(五箇)氏とも称し,現,三重県度会郡南勢町五ヶ所浦を本拠とした。同地に城・館址がある。出自不明。紀伊国日高郡南部荘を本拠とした愛洲氏もいるが,両者の系譜関係は不明。1339年(延元4∥暦応2)宗実が朝明郡萱生御厨を南朝より与えられたほか,同年の〈潮田幹景軍忠状〉に守護愛洲太郎左衛門尉,《太平記》には愛曾伊勢守の名がみえる。南北朝から室町初期にかけて丹河・苦木(にがき)御厨,大国荘,法楽寺領などの押領,醍醐寺領曾禰荘の預所職を請け負うなど活発な動きをしている。…

※「五箇氏」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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