《五重記》(読み)ごじゅうき

世界大百科事典(旧版)内の《五重記》の言及

【雅楽】より

…則天武后の撰とされ,もと10巻あったが,大部分が散佚した。やがて日本でも楽書がつくられるようになり,古くは845年(承和12)113歳で舞を演じたという尾張浜主(おわりのはまぬし)の《五重記》,貞保親王(870‐924)の《十操記》がある。2人の著者の真偽に関して今日ではおおむね否定的であるが,《五重記》は独特の芸位論に,また《十操記》は拍子による笛の吹きわけに特徴がある。…

※「《五重記》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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