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井沢為永 いざわ ためなが

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

井沢為永 いざわ-ためなが

井沢弥惣兵衛(いざわ-やそべえ)

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

井沢為永

没年:元文3.3.1(1738.4.19)
生年:承応3(1654)
江戸中期の農政家,治水家。通称弥惣兵衛。紀伊国那珂郡溝口村(和歌山県海南市)の生まれ。算術,土木に通じ紀州(和歌山)藩に登用され,約30年間にわたり治水土木工事に従事,成果をあげる。その後紀州藩主から8代将軍に就任した徳川吉宗により,享保7(1722)年に200石の幕臣として登用された。以後関東各地,近江,播磨その他などで新田開発や河川の改修などを行った。このうち13年に完成した武蔵国足立郡の見沼開発,見沼代用水の開削は有名。10年に500石となり,16年勘定吟味役に就任,20年美濃郡代を兼務した。元文2(1737)年両職を辞し,翌年没した。

(大石学)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の井沢為永の言及

【井沢弥惣兵衛】より

…江戸中期の武士。名は為永。はじめ紀州藩士,のち8代将軍徳川吉宗に召されて旗本。勘定から勘定吟味役となり,晩年には美濃郡代を兼務。蔵米200俵取りで,のち300俵加増される。紀州流の治水技術者で普請役とともに,幕府の新田開発や川除(かわよけ)・用悪水普請の指導に当たる。武蔵の見沼(見沼代用水),下総の飯沼・手賀沼,越後の紫雲寺潟新田などの干拓で有名。新田検地条目の制定にも関与した。【大谷 貞夫】…

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