世界大百科事典(旧版)内の《人文評論》の言及
【文章】より
…編集兼発行人は金錬万だが,実質的には作家の李泰俊が編集を担当した。27号という短い生命だったが,植民地下では《人文評論》(1939‐41)とともに最後の朝鮮語文学雑誌として朝鮮の近代文学史上画期的な役割を果たした。また新人の推薦制を実施して趙芝薫,朴斗鎮,朴木月ら純粋文学派の多くの優れた新人を送り出した。…
※「《人文評論》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
…編集兼発行人は金錬万だが,実質的には作家の李泰俊が編集を担当した。27号という短い生命だったが,植民地下では《人文評論》(1939‐41)とともに最後の朝鮮語文学雑誌として朝鮮の近代文学史上画期的な役割を果たした。また新人の推薦制を実施して趙芝薫,朴斗鎮,朴木月ら純粋文学派の多くの優れた新人を送り出した。…
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