《人生と太陽》(読み)じんせいとたいよう

世界大百科事典(旧版)内の《人生と太陽》の言及

【シッランパー】より

…南西部の寒村ハメーンキュロの貧農の家に生まれ,ヘルシンキ大学で生物学・植物学を5年学び,1913年郷里に帰って文筆活動に入った。処女作《人生と太陽》(1916)は,三角関係を生物学的人間観に立ちながらも印象的・抒情詩的に描き注目された。独立宣言後の18年に起きた白軍と赤軍の内戦に触発されて,赤軍に身を投じた無知な一農民の死を描いた長編小説《聖惨》(1919。…

※「《人生と太陽》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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