仁尾浦(読み)におうら

世界大百科事典(旧版)内の仁尾浦の言及

【浦・浜】より

…(2)個々の浦に対する荘園本所の上級領有権の内部には,〈両方山の懐の内はその浦につき漁仕候〉という〈浦々習〉が示すように,浦の民衆による地先水面や後背山野への共同体所有が潜在していたこと。 ところで,例えば讃岐国仁尾浦の鴨社神人漁民が,その神人身分を保ったまま守護大名によって編成されていったように,このような荘園制的体制は中世後期において,その身分的諸関係を維持したまま実質を変容させていく。浦浜の漁民は大名への贄肴の献上,水手(かこ)・軍役への動員などの浦役を課され,大名権力の領国支配に組みこまれていったのである。…

※「仁尾浦」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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