《仏足石碑》(読み)ぶっそくせきひ

世界大百科事典(旧版)内の《仏足石碑》の言及

【黄文本実】より

…702年(大宝2)の持統天皇,707年(慶雲4)の文武天皇の両帝崩御に当たり,殯宮司を務め,さらに同年装束司となった。薬師寺蔵《仏足石碑》銘によれば,唐の王玄策が中天竺で転写した仏足石図を日本使人黄書本実が唐普光寺で再転写し請来したという。黄文姓を名のる画師は史書に散見するが,604年(推古12)に山背(やましろ)画師と共に黄文画師を定めたことに始まる(《日本書紀》《聖徳太子伝暦》)。…

※「《仏足石碑》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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