《伊川撃壌集》(読み)いせんげきじょうしゅう

世界大百科事典(旧版)内の《伊川撃壌集》の言及

【邵雍】より

…一生任官せず,洛陽で市井の隠者として終わったが,司馬光,富弼(ふひつ)といった政界の重鎮や,程子兄弟(程顥(ていこう),程頤(ていい))などの学者と交友。その主著《皇極経世書》では壮大な宇宙論的歴史観を展開し,特異な詩集《伊川撃壌(げきじよう)集》では自由人の喜びを率直にうたいあげる。彼は道学(のちの朱子学)の系譜からややずれるものの,その易学は朱熹(しゆき)に大きな影響を与えた。…

※「《伊川撃壌集》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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