伏見寺(読み)ふしみでら

世界大百科事典(旧版)内の伏見寺の言及

【伏見】より

… 山荘に付属した土地は藤原氏の荘園であったらしく,1160年(永暦1)後白河院庁下文(くだしぶみ)には,〈彼庄領主俊綱以下,雖多其数,数十余年〉とある。俊綱は弟の家綱にこれを譲り,家綱は白河院に献上,白河院は甥源有仁に譲り,有仁はこの山荘に居住し,伏見寺(即成就院(そくじようじゆいん)・即成院)を営んだとされている。その後,有仁は養女の鳥羽院皇女頌子(しようし)内親王に伝領,頌子(五辻斎院)は平範家に本家職を留保して,領家または預所職のみを与えた。…

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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」