佐藤義清(読み)さとう のりきよ

世界大百科事典(旧版)内の佐藤義清の言及

【西行】より

…平安時代末,鎌倉時代初頭の歌人。魚名流藤原氏,鎮守府将軍藤原秀郷(俵藤太)の9代目の子孫で,曾祖父の代から佐藤氏と称した。父は左衛門尉康清,母は監物源清経の娘。俗名を義清(のりきよ)(憲清,則清,範清とも)といい,出家して円位,また西行,大本房,大宝房,大法房と称した。佐藤氏は代々衛府に仕える武門の家で,故実に明るく,紀伊国の田仲荘の預所として豊かであった。外祖父の清経は,今様や蹴鞠の達人で,遊里にも通じた数寄者として知られていた。…

※「佐藤義清」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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