侯家荘殷墓(読み)こうかそういんぼ

改訂新版 世界大百科事典 「侯家荘殷墓」の意味・わかりやすい解説

侯家荘殷墓 (こうかそういんぼ)
Hóu jiā zhuāng Yīn mù

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世界大百科事典(旧版)内の侯家荘殷墓の言及

【殷墟】より

…中国河南省安陽市小屯付近を中心として,洹河の南岸・北岸約24km2の範囲に散在する殷後期の遺跡群。殷王朝は,前期・中期・後期に時期区分され,殷後期は19代盤庚から30代帝辛(紂)の殷滅亡に至る,一説に273年間の年代が考えられている。小屯付近の遺跡を殷後期の遺跡として殷墟に比定する最大の根拠は,出土した甲骨文の研究によって,司馬遷の《史記》に記載された殷王室の世系と,甲骨文の世系がほぼ一致し,しかも甲骨の年代が,22代武丁から30代帝辛の時代にあたることが判明したことによっている。…

※「侯家荘殷墓」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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