世界大百科事典(旧版)内の保昌派の言及
【大和物】より
…しかし,則弘の作刀は現存せず,その子則長から室町時代まで代々の作を残している。保昌派は作刀に〈大和国高市郡住人金吾貞吉〉と銘したものがあり,作刀地が明らかである。この派では貞継,貞吉,貞清,貞興など〈貞〉の字を冠する者が多く,鎌倉末期から南北朝期にかけて栄えた。…
※「保昌派」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...