修道場(読み)しゅうどうじょう

世界大百科事典(旧版)内の修道場の言及

【ダマスクス】より

…ウラマーの名家に生まれたイブン・アサーキルは,ヌール・アッディーンの庇護を得て大著《ダマスクス史》を完成し,神秘家イブン・アルアラビーは晩年の約20年をこの町に過ごして《メッカ啓示》その他を著した。11世紀以後,神秘主義思想の流行につれて修道場(ハーンカー,ザーウィヤ)の数はしだいに増大し,マムルーク朝時代のダマスクスには78(うち二つは女性用)の修道場があったと伝えられる。イブン・タイミーヤはこのような神秘主義思想を信仰の堕落であると批判し,ダマスクスを中心に激しい思想闘争を展開した。…

※「修道場」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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