修道院解散法(読み)しゅうどういんかいさんほう

世界大百科事典(旧版)内の修道院解散法の言及

【宗教改革】より

…こうした宗教改革,英国国教会(アングリカン・チャーチ)の成立は国家主権の宣言と連動したできごとであり,34年の国王至上法(あるいは首長令)によってローマ教会からの離脱の総仕上げが行われた。ついで36年と39年の2回にわたって修道院解散法が出,全修道院財産の没収が行われた。その理由としては国家財政強化説が有力であって,没収修道院領は漸次売却されて,主としてジェントリーの富を豊かにした。…

※「修道院解散法」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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