備中の土一揆(読み)びっちゅうのつちいっき

世界大百科事典(旧版)内の備中の土一揆の言及

【新見荘】より

…応仁の乱に際しては,安富氏その他の武士が入部を企てたので,百姓たちは67年(応仁1)から69年(文明1)にいたる間,たびたび寄合を開いて,東寺以外は領主には仰がないことを決議して武士の支配に抵抗した。これを備中の土一揆という。応仁の乱の終息とともに新見荘も他の多くの所領とともに一時東寺に安堵されるが,以後は武士勢力の進出によって土一揆も解体し,東寺の新見荘支配はほとんど有名無実化してしまった。…

※「備中の土一揆」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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