催鋳銭司(読み)さいちゅうせんし

世界大百科事典(旧版)内の催鋳銭司の言及

【鋳銭司】より

…これと《続日本紀》文武3年(699)12月庚子条に見える〈鋳銭司〉とは,ともに和同開珎発行以前にあたる。ついで708年(和銅1)和同開珎の発行にそなえてその鋳造を督促する〈催鋳銭司〉が設置され,これと前後して河内に〈鋳銭司〉が置かれ,鋳造の主柱となった。この河内〈鋳銭司〉は《続日本紀》和銅2年8月乙酉条に見えるのみで,所在地も明らかでないが,726年(神亀3)の〈山背国愛宕郡出雲郷雲下里計帳〉にみえる〈鋳銭寮〉がその後身と考えられる。…

※「催鋳銭司」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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