元禄の改鋳(読み)げんろくのかいちゅう

世界大百科事典(旧版)内の元禄の改鋳の言及

【荻原重秀】より

…徳川氏に仕え,父種重は蔵米200俵をうける勘定所下役。彼も勘定所下役から出発,延宝(1673‐81)の畿内総検地で頭角をあらわし,将軍綱吉初政に断行された総代官の会計検査に特命されて当たったといわれ,1687年(貞享4)に勘定頭差添役(のちの勘定吟味役)に進み,95年(元禄8)には彼の建議により,いわゆる元禄の改鋳がおこなわれ(元禄金銀),96年には勘定頭に栄進,以降1712年(正徳2)までその職にあって幕府の財政問題を主宰した。彼の改鋳は悪貨を出して改鋳差益金(出目)を稼ぐとともに,物価を混乱させたと非難する者も少なくないが,(1)元禄期の拡大された経済に見合う通貨を供給する,(2)金銀両通貨圏のバランスを取り直すための両通貨の品位の調節という積極面を見落とすことはできない。…

※「元禄の改鋳」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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