《先天相法》(読み)せんてんそうほう

世界大百科事典(旧版)内の《先天相法》の言及

【人相学】より

…平安時代に眉を落として黛(まゆずみ)で額に高く描いたのも,当時の相法が眉の高いのを高貴の相としたためといわれる。相法は仏教とのかかわりが深く,戦国時代にはもっぱら僧侶の業(わざ)となり,室町時代には叡山の天山阿闍梨(あじやり)による《先天相法》が出た。一方,室町末期の《塵塚物語》によれば,源義経が鞍馬山の天狗から相伝されたという《兵法口舌気(ひようほうくぜつき)》の中に人相術も含まれている。…

※「《先天相法》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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