公卿山伏(読み)くぎょうやまぶし

世界大百科事典(旧版)内の公卿山伏の言及

【児島五流】より

…その後承久の乱のとき,後鳥羽上皇の皇子頼仁親王がこの地に配流され,その5人の皇子が尊滝院,太法院,建徳院,伝法院,報恩院の5家をたてた。この5家の子孫が新熊野権現を中心として活躍したので児島五流,五流修験,公卿山伏といわれた。児島五流は,熊野三山になぞらえて児島に本宮,新宮,那智の三山をまつり,中国・四国地方に(かすみ)を持って本山派修験内で大きな勢力を持っていた。…

※「公卿山伏」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

[名](スル)一定の主義・主張がなく、安易に他の説に賛成すること。「多数派に付和雷同する」[補説]「不和雷同」と書くのは誤り。[類語]矮人わいじんの観場かんじょう・同意・賛同・支持・賛成・雷同・便乗・...

付和雷同の用語解説を読む