《兵法三十五箇条》(読み)ひょうほうさんじゅうごかじょう

世界大百科事典(旧版)内の《兵法三十五箇条》の言及

【五輪書】より

…1643年(寛永20)から45年(正保2)5月,死の直前にかけて,肥後の地,岩戸山にこもって書き上げたといわれるが,武蔵の自筆本が現存せず,成立について疑問は残る。しかし《五輪書》は,1641年客分として仕えていた熊本藩主細川忠利に,兵法の見立て,心持ちについて書き上げた《兵法三十五箇条》を敷衍(ふえん),肉付けしたものであり,武蔵の兵法観,武芸観をまとめたものであることに変りはない。【中林 信二】。…

※「《兵法三十五箇条》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

中国のゴビ砂漠などの砂がジェット気流に乗って日本へ飛来したとみられる黄色の砂。西日本に多く,九州西岸では年間 10日ぐらい,東岸では2日ぐらい降る。大陸砂漠の砂嵐の盛んな春に多いが,まれに冬にも起る。...

黄砂の用語解説を読む