世界大百科事典(旧版)内の内外用達会社の言及
【広告】より
…第2次世界大戦後の1950年代から広告主の多様な要請にこたえるため,広告業務の科学化,多角化がおし進められ,J.W.トンプソン社J.Walter Thompson,ヤング&ルビカム社Young & Rubicam,マッキャン・エリクソン社McCan Ericksonなどの主要代理業は,広告業務の枠を拡大し,PRやSP(セールス・プロモーション)など業務も多様化して,マーケティング・エージェンシーへの道を歩むとともに,市場を海外へ求める国際化への脱皮も図られている。 日本の広告業の誕生は日本の新聞勃興期とほぼ同じ時期であり,1873年内外用達会社が創立され,その業務の一環として広告取次などを行ったのが始まりといわれる。本格的には福沢諭吉の支援で江藤直純らが東京の京橋に広告取次業を開始したもので,86年弘報堂として新聞などの広告スペースの売買を専業とした。…
※「内外用達会社」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」