…このとき源信が《台州疑問二十七条》を寂照に託し,四明知礼に解答を求めたのは有名である。04年(宋の景徳1)宋帝真宗に謁し,円通大師の号と紫袍を賜り,丁謂(丁晋公)らの知遇を得て帰国を断念し,姑蘇の呉門寺にとどまった。寂照の在宋間の事績は,寂照入宋に従った念救の一時帰国によって日本に伝えられ,藤原道長らは,15年(長和4)再度入宋する念救に寂照あての書状や砂金を託した。…
※「円通大師」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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