創造美育運動(読み)そうぞうびいくうんどう

世界大百科事典(旧版)内の創造美育運動の言及

【美術教育】より

…その後,軍国主義化が進行し図画は〈国民的情操ノ陶冶ニ資スルモノ〉として,皇国民育成のための国民学校芸能科図画にとって代わられた。 以上のような第2次大戦前および戦時中の国家主義的な教育に対し,戦後,久保貞次郎や北川民次らによって,子どもを解放し自由に表現させることをめざす創造美育運動(協会設立は1952年5月)が展開された。これはチゼックや山本鼎の思想をうけつぐもので,教師やおとなの権威,干渉,指示を排除するとともに児童画の芸術的評価と教育的評価の一致を強く主張した。…

※「創造美育運動」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む