劉隗(読み)りゅうかい

世界大百科事典(旧版)内の劉隗の言及

【元帝】より

…貴族や豪族の力が強く,なかでも琅邪郡出身の王氏が内外に権をとり,〈王と馬と天下を共にす〉といわれた。帝は劉隗(りゆうかい)(273‐333)ら下級士人を重用して集権化をはかったが,王導の従兄王敦の反乱を招いて混乱の中で憂死した。【安田 二郎】。…

※「劉隗」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む