勝満(読み)しょうまん

世界大百科事典(旧版)内の勝満の言及

【聖武天皇】より

…光明皇后の影響をうけて仏教に関心を寄せる天皇は,乱後の741年3月,国分二寺の造営を発願し,743年10月には東大寺大仏として結実する盧舎那仏の造顕を発願した。749年(天平勝宝1)ごろ出家して勝満と称し,同年7月に皇太子阿倍内親王に譲位した(孝謙天皇)。その翌々月,光明皇太后のために,従来の皇后宮職を発展させた紫微中台(しびちゆうだい)が設置され,藤原仲麻呂がその長官となった。…

※「勝満」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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