《北学議》(読み)ほくがくぎ

世界大百科事典(旧版)内の《北学議》の言及

【朴斉家】より

…詩文や書画にもすぐれていたが,正祖の信任厚く,1776年に新設された奎章閣の検書官として,李徳懋(りとくぼう),柳得恭,徐理修とともに抜擢され,これを四検書という。78年の燕行使に随行した北京旅行から帰国して《北学議》を著し,清国の農蚕,牧畜,城郭,宮室,舟車から甓(煉瓦)の製法にいたるまで仔細に観察し,それから学ぶことによる〈利用・厚生〉を説いた。4回にわたって北京に往来,琉璃廠の五柳居は彼との知見を求める中国人学者のたまり場となった。…

※「《北学議》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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