…1272年(文永9)2月におこった北条一族の内紛。北条時頼の庶子時輔(ときすけ)は六波羅探題南方として京都にいたが,異母弟の時宗が得宗・執権となって幕府の権力の座についたことに不満をもち,謀反を企てた。これを察知した時宗は機先を制して,時輔の与党とみられた名越時章・教時兄弟を鎌倉で討ち,さらに六波羅探題北方の北条義宗に命じて時輔を討たせた。しかし事件後,時章は謀反計画に無関係であったことが判明し,その討伐は誤りであったとして討手は処刑され,時章の子公時は所領を安堵された。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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