北陰陽営遺跡(読み)ほくいんようえいいせき

世界大百科事典(旧版)内の北陰陽営遺跡の言及

【湖熟文化】より

…この文化は,長江(揚子江)下流域の南京地区を中心として,寧鎮山脈および秦淮河地域に分布している。1951年に湖熟鎮遺跡で調査されたのが最初であるが,これまでに発見された遺跡は200ヵ所近くに及び,発掘を経た典型的な遺跡には,南京市北陰陽営遺跡,太岡寺遺跡,句(こう)容城頭山遺跡,江寧県点将台遺跡などがあり,すべて,早期,晩期の地層関係を確認することができる。その絶対年代は,炭素14法で,早期が前1540±90年,晩期が前1195±105年の結果が得られている。…

※「北陰陽営遺跡」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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