朝日日本歴史人物事典 「千々石清左衛門」の解説
千々石清左衛門
生年:元亀1(1570)
天正遣欧少年使節の正使のひとり。千々石直員の子で千々石ミゲル。天正8(1580)年キリスト教の洗礼を受け,有馬のセミナリオ(神学校)に学んでいるとき,有馬晴信の従弟で大村純忠の甥ということで正使に選ばれ,同10年,13歳で長崎を出航した。ポルトガル,スペイン,イタリアの各地で歓迎を受けながら同13年ローマに到着し,教皇グレゴリウス13世に謁見する大役を果たした。帰国後イエズス会に入会したが慶長7(1602)年ごろ退会,清左衛門と称して大村善前に仕えたのち,晴信のもとに身を寄せたこともあったが,のち追放されるなど,晩年の消息は不明である。<参考文献>パチェコ・ディエゴ「日本に帰った少年使節」(『長崎談叢』56号)
(片岡瑠美子)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報