世界大百科事典(旧版)内の千手院派の言及
【大和物】より
… 大和鍛冶の作が明らかになるのは大和五派といわれる千手院,手搔(てがい),当麻(たいま),保昌(ほうしよう),尻懸(しつかけ)の流派が確立されてからのことである。千手院派は東大寺東塔近くの千手院,あるいは興福寺外僧坊千手院に住したという一派で5派のうちでは最も古く,銘鑑には平安後期の行信(長承(1132‐35)ころ)と重弘(仁安(1166‐69)ころ)を祖とする2系図を掲げている。しかし,この2工の作は現存せず,鎌倉時代の重行,重吉,康重や南北朝時代の長吉,吉広らの作がわずかにあるにすぎない。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」