《南唐二主詞》(読み)なんとうにしゅし

世界大百科事典(旧版)内の《南唐二主詞》の言及

【詞】より

…その詞は華麗な筆致で孤独な佳人を描きつつ,自らの不遇の憂悶を託する。唐の滅亡後,五代の多くの地方政権のうち,蜀と南唐の宮廷において詞が流行し,蜀の宰相韋荘,南唐では国主の李璟(りえい),李煜(りいく)父子(《南唐二主詞》)と宰相の馮延巳(ふうえんし)などが優れた詞を作った。また蜀では最初の詞の精華集《花間集》が編まれている(940)。…

【李煜】より

…もと通俗歌謡にはじまる詞は,宋代になると抒情的韻文として流行するが,その過程において李煜の存在は重要である。父の南唐中主,李璟(りえい)も数は少ないが優れた詞を残しており,2人の作を併せた《南唐二主詞》がある。【村上 哲見】。…

※「《南唐二主詞》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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