世界大百科事典(旧版)内の南浦県の言及
【万県】より
…四川省東部の重要港。三国の蜀代に南浦県,唐代には万州がおかれ,明代に万県となった。東の三峡をへ,湖北にはいる交通の要所にあり,古来,重慶,宜賓(ぎひん)への中継点として発展,1902年(光緒28)にはイギリスとの条約により,17年外国貿易港として開かれ,近県および貴州北部で産出される桐油を中心に,皮革,漆などが取引された。…
※「南浦県」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
…四川省東部の重要港。三国の蜀代に南浦県,唐代には万州がおかれ,明代に万県となった。東の三峡をへ,湖北にはいる交通の要所にあり,古来,重慶,宜賓(ぎひん)への中継点として発展,1902年(光緒28)にはイギリスとの条約により,17年外国貿易港として開かれ,近県および貴州北部で産出される桐油を中心に,皮革,漆などが取引された。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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