《南瞻部洲大日本国正統図》(読み)なんせんぶしゅうだいにほんこくせいとうず

世界大百科事典(旧版)内の《南瞻部洲大日本国正統図》の言及

【行基図】より

…古代・中世の人々が日本全域の略図に求めたものは,中央と地方とを結ぶ交通路と諸国の関係位置とであったと言えるであろう。 《拾芥抄》所載図に次いで古い行基図は,唐招提寺所蔵の《南瞻部洲(なんせんぶしゆう)大日本国正統図》で,16世紀半ばの作品と考えられる。行基図は江戸時代に入っても廃れることはなく,たびたび刊行をみた。…

※「《南瞻部洲大日本国正統図》」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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