厚和(読み)こうわ

世界大百科事典(旧版)内の厚和の言及

【フフホト】より

…北京と包頭を結ぶ鉄道(京包線)の開通後は,漢族商人によってモンゴリア・寧夏・甘粛各地方の畜産物と茶,綿布などとの交易が盛んにおこなわれ,旧城は商業の町となった。日中戦争の際は,日本支配下の蒙古連盟自治政府がここにおかれ,〈厚和〉と改称されたが,47年解放された内モンゴル地方に自治区が成立し,52年自治区主都が張家口からこの町に移され,フフホトの名前も復活した。 解放後はかつての新旧両城間に,両側に街路樹が並ぶ大通りが走り,ここに学校,病院,劇場などが建設されて,二つの町の一体化がおこなわれた。…

※「厚和」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む