叡山焼打(読み)えいざんやきうち

世界大百科事典(旧版)内の叡山焼打の言及

【坂本】より

…中世の人口は1501年(文亀1)の大火で在家数千軒が炎上した例からみて,2万を越える規模をもっていたとおもわれる。そして坂本の中世は71年9月の織田信長による叡山焼打ちによって幕を閉じる。このときの状況を《日本耶蘇会年報》は〈坂本の町民等も亦坊主等の勧告に依りて,妻子等と共に山に登りたり……坊主等の死したる者約千五百人,俗人は男女小児を合わせて同数なりしという〉と伝えている。…

※「叡山焼打」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

[名](スル)一定の主義・主張がなく、安易に他の説に賛成すること。「多数派に付和雷同する」[補説]「不和雷同」と書くのは誤り。[類語]矮人わいじんの観場かんじょう・同意・賛同・支持・賛成・雷同・便乗・...

付和雷同の用語解説を読む