古川三町(読み)ふるかわさんちょう

世界大百科事典(旧版)内の古川三町の言及

【古川[市]】より

…奈良時代に多賀城の前進基地として玉造柵(たまつくりのさく)が置かれ,室町時代には大崎氏の家臣古川氏の居館があった。近世は仙台藩領で,奥州街道の宿場町として栄え,周辺農村の商業中心として3・7・10の日には市が開かれ,三日町,七日町,十日町の古川三町が形成された。市の中心産業はササニシキで知られる水田農業であるが,東北新幹線,陸羽東線が通じるほか,東北自動車道古川インターチェンジがあり,国道4号,47号,108号,347号線が集中する交通の要衝であり,中心部では商業が盛ん。…

※「古川三町」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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