古源助(読み)こげんすけ

世界大百科事典(旧版)内の古源助の言及

【越前出目家】より

…三光坊の甥二郎左衛門満照が開祖で,彼は天文(1532‐55)ごろ活躍したと伝えられ,滋賀県西教寺の木造真盛上人像(1581)は彼の作品と考えられている。2代二郎左衛門則満,3代源助秀満(古源助)までは越前府中(現,福井県武生市)に住したが,4代元休満永(古元休)は京都に移り,のち10代満守まで江戸に定住した。江戸時代には,出目家の正流としての格式を誇ったが,作家としてすぐれた人物は少なく,わずかに3代古源助(1616没)が近世初期の面工として名を残している。…

※「古源助」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む